アリのボート / アリの船
サディク・クワイシュ・アルフラジ(Sadik Kwaish Alfraji)
イラクに生まれ、現在はオランダを拠点に活動するサディク・クワイシュ・アルフラジは、戦争、亡命、喪失といった個人的体験から作品を生み出すアーティストです。ドローイング、映像、インスタレーションを通じて、彼は記憶と感情の物語に形を与え、離散と憧憬によってかたちづくられた世界を描き出します。
彼の作品にしばしば登場する特徴的な横顔――片目の人物像――は、古代シュ메ル彫刻から着想を得たものです。しかしアルフラジの手によって、それは現代の心理的な傷や分断されたアイデンティティを象徴する存在へと変貌します。
2025年の全南国際水墨ビエンナーレにおいて、アルフラジは《アリの舟(Ali’s Boat)》を発表します。
この作品は、彼の幼い甥が描いた一枚の素朴な絵から始まりました。
「この舟に乗って逃げたい」と、その子は書きました。
この無垢でありながら切実な願いから着想を得て、アルフラジは木炭、ドローイング、映像、インスタレーションを用いたマルチメディア作品を構築します。漂う舟と孤独な人物像は、時間の中に宙吊りにされたように存在し、記憶の静けさと亡命の動きを同時に想起させます。この小さな個人的な身振りの中に、苦しみの中でも自由を希求する普遍的な願いが表されています。
彼の素材の節制と、余白への細やかな配慮は、東アジアの水墨画の美学と深く響き合います。画面に登場する静かな人物たちは言葉を発しませんが、私たちに「思い出すこと」を静かに促します。
「文明の隣人たち――黄海のどこかで」という本ビエンナーレのテーマに呼応し、アルフラジの作品は「国境を超えた隣人関係」という問いを私たちに投げかけます。
彼の作品の前に立つとき、私たちが目にするのは一人の物語ではなく、
人間という存在そのものが辿る旅路なのです。